小室圭さんと再婚した木嶋佳苗死刑囚をデカルト的に考察すると不倫問題とテニスが少し分かってくるよという不思議な話

タイトルは「釣り」です。すいません。

「小室圭さん」と「再婚した木嶋佳苗死刑囚」を、「デカルト的に考察する」と、「不倫問題とテニス」が、「少し分かってくるよという不思議な話」

を、わざと括弧や句読点を使わずつなげて読者を惑わすというゲスな作戦ですm(__)m

もう少し解説すると「小室圭さんと再婚した木嶋佳苗死刑囚をデカルト的に考察すると不倫問題」で33文字で、今のgoogleは32文字か33文字までを検索結果に表示するので「不倫」というフックの強いワードを32文字以内にあえてブッ込むことで、

「なんだか分からないけど面白そうだから読んでみようかな」

と、読者心理をさらにあおってみたというわけです。

「八木という男はなんてセコい人間なんだ。そこまで読んでほしいのか」等々の批判をもちろん全力で受け止めますので、私の同期であるB場内D造君のように私をバシバシとディスって下さいませ。

ちなみに「デカルト」というのはフランスの哲学者(故人)です。主著である「方法序説」の中で「要素還元主義」というものを唱えていて、この要素還元主義を理解すると、テニスを上達する上でとても有益になりますよというのが本投稿の主題というわけです。

ルネ・デカルト「方法序説」
画像引用元:amazon.co.jp

さらに脱線解説すると、ここまでを「リード文」といって、リード文がしっかりしていると、この後に続くコンテンツを精読してくれる確率が高まりますので、もしライターやブロガーを目指している人がいれば参考にしてみてください。

では本文に参ります。

小室圭さんと眞子様の結婚問題

眞子様のお相手である小室圭さんが色々と世間を騒がせている、というより「世間が勝手に騒いでいる」というほうが正しいと思いますが、私(八木)なりの見解を述べます。

「ほっとけ」

これが結論です。「税金の投入が」とか、「借金問題が」とか、「新興宗教が」などなど、多くの問題が指摘されていますが、これら我々に届いている情報はすべて「2次情報」と呼ばれる、誰かやどこかでフィルタリングされた情報なので、新聞や週刊誌を読んだところで正しいことは何も分かりません。

小室圭

これらの問題がもしすべて本当だとしても、眞子様が小室圭さんのことを好きであるならば、これはもうどうしようもないのです。そして外野が騒げば騒ぐほど当人たち、特に眞子様は意固地になることは明白です。

なぜなら、かつての私がそうだったからです。

私は生意気にも1度結婚をして、そして離婚していますが、結婚前にさんざん周囲に止められました。

私ほどの自称ベストセラー作家になると、連日テレビで報道されるわ新聞記者が取材にくるわ、発行部数の少なかったころの週刊文春がすっぱ抜くわと大騒ぎになるわけがなく、私の極々限られた周囲の人間の9割に止められた結婚を押し切って進んだところ、周囲の指摘どおりに結婚を失敗に終わったわけです。

離婚届

木嶋佳苗死刑囚と週刊新潮記者がW不倫、そして再婚

続いて木嶋佳苗死刑囚の話をします。

木嶋佳苗死刑囚は「首都圏連続不審死事件」の首謀者(本人は容疑を否定)で、6人を殺したとされている凶悪犯です。
※裁判で殺人認定されたのは3人

その木嶋佳苗死刑囚が、つい最近週刊新潮のイケメン記者と再婚したというニュースが飛び込んできました。

どうやら木嶋佳苗死刑囚を取材していた週刊新潮のイケメン記者が文通しているうちに、恋愛感情に発展してしまって木嶋佳苗死刑囚にプロポーズをし、それを木嶋佳苗死刑囚が受け入れたようです。

イケメン記者

また、驚くことに、木嶋佳苗死刑囚は獄中結婚をすでに2回していて、週刊新潮の記者にプロポーズされた時点では「結婚中」なので、いわゆる「不倫」ということになります。

さらに驚くことに、プロポーズした側の木嶋佳苗死刑囚より年下の高身長イケメン記者「も」、プロポーズした時点では妻子がいた、つまりW不倫だったようです。

木嶋佳苗死刑囚は獄中にいるわけなので双方は手のぬくもりさえ感じることはできず、当然ながら肉体関係に発展することもありえなかったわけで、何をもって不倫というのかは微妙ではありますが、まあ法律的には正しくなさそうであることは何となくわかると思います。

抱き合う男女

そもそも、木嶋佳苗死刑囚は殺人犯ですので、殺された人の身内の方からすれば週刊新潮の記者がとった行動は許しがたいものだと思いますし、私自身もそう思います。

で、ここで立ち止まって考えてみたいのは、そもそもなぜ小室圭さんと眞子様、あるいは木嶋佳苗死刑囚と週刊新潮のイケメン記者は周囲の雑音を押し切ろうとしたのかということです。

手を握る男女

ここを突き詰めて考えていくと、自分のお子さんをテニス選手として強くしたいと願い親御さんや、自分の教え子を全国チャンピオンにしたいと日々努力しているジュニアのコーチたちにとって、非常に有益なことが見えていきますので、ここから先で深堀して解説していこうと思います。

デカルトの要素還元主義

冒頭でもチラっと紹介したフランスの哲学者デカルトが唱えた「要素還元主義」というのは、2つの単語から成り立っています。「要素主義」と「還元主義」です。

まずは要素主義から参りましょう。要素主義って何かというと、全体を見てもよく分からないから要素要素に細かく分解していけば何かが分かるんじゃないかという仮説に基づいた思想のことで、非常に身近な例だと「学校教育」がまさに要素主義の代表と言えます。

物事を理解するうえで、国語算数理科社会、体育、音楽、家庭科、図工、道徳、などに分類し、さらに各教科の中でも細分化(要素ごとに分ける)して勉強を進めていき、学校教育の行きつく末が量子力学などになります。目に見えない単位の要素にまで分解してい何かを理解しようという試みです。

ランドセルと教科書

我々はこのように要素主義に頭の先までどっぷり浸かって育ってきたわけです。つまり、物事を具体的に理解することは得意ってことです。

もちろん要素主義は大切なことです。デカルトも主著(方法序説)の中で大切だと説いていますし、私自身も要素主義を否定するようなおろかな行動は取りませんし学校教育を批判するつもりもありません。

ただし、「欠点があるよ」ということはしっかりと主張したいと思いますし、いよいよ本投稿の核心部分に迫っていこうと思います。

還元主義

哲学書というのは、文章を精読する習慣がない人だと、おそらく1行も理解できないと思います。

世界一の難書とも言われるハイデガーの哲学書「存在と時間」
マルティン・ハイデガー「存在と時間」
画像引用元:amazon.co.jp

ですので、この投稿を見たからといってデカルトやハイデガーの哲学書を読む必要はありませんし読むだけ時間の無駄だと思います。そして、偉そうに言っている私自身もどれだけ哲学書を読み込めているかというと、非常に怪しいものです。

ただ、デカルトが主著「方法序説」の中で言いたかった「要素還元主義」についての主張と概要は、まあまあ正確に理解できていると思っているので、このまま解説を続けさせていただきます。

要素還元主義はおおよそ以下のとおりです。

「物事を理解するためには、まず要素ごとに分解し具体化してみましょう。そして、分解した後には必ず統合(還元)して再構築してから全体像を抽象的に理解しましょう」

大切なのは、(分解した後に)統合して全体像を理解しましょう、という後半部分です。

立体パズルを組み立てる男女

例えば、不倫というのは、経験した人や周囲に不倫をした人を見ればわかるとおり、あるいは、ベッキーなどの末路を見れば一目瞭然であるように、全体像として不倫を理解すれば絶対に正しくないしやってはならないことだというのが分かると思います。

ただし、当人たちという要素単位だけで見てしまうと、愛し合っているなら仕方がないとか、あるいは、普段奥さんにガミガミやられているダンナがいて、そこにフと自分に優しくしてくれる女性が現れたとしたら、その要素単位では正義が成立してしまったりします。

だからこそ不倫がなくなることはないのです。

不倫する男女

木嶋佳苗死刑囚にプロポーズした週刊新潮のイケメン記者も、冷静に一歩引いて全体像を見れば間違ったことをしていることは明白なわけですが、当人同士が自分たちを客観視できるわけもなく、正しくない方向に進んでいってしまいますし、敬意や真実はさっぱり分かりませんが、小室圭さんと眞子様ももしかしたら同様のことが言えるかも知れません。

ボブサップ

PRIDEやK-1を中心に活躍したアメフト出身のボブ・サップという怪物がいました。

ボブ・サップは身長2メートルで体重150キロもあるのに、体脂肪率が一桁台という飛んでもない肉体をしていて、格闘技経験が一切なかったにも関わらず、当時のチャンピオンだったアーネスト・ホーストを打ち破りました。しかも2回連続です。

ボブ・サップとアーネスト・ホースト

しかし、最初の犠牲者になりかけたPRIDEのチャンピオンだったアントニオ。ホドリゴ・ノゲイラというブラジリアン柔術の達人がこういっていました。

「ボブ・サップは自分と戦った今が一番強い。しかし、この後きっと技術を覚え弱くなっていくだろう。」

と。

すでにご存じの方もいると思いますが、ボブ・サップはノゲイラの予言どおり、技術という「要素」を覚えることで本来の持ち味だった野性味を失い、野性味を失ったことで恐怖を覚え、ほぼ勝てない選手に成り下がっていきました。

ボブ・サップが技術を覚えることは決して悪いことではありません。でも、もっと大切なのは、ボブサップという男がどのような状態が一番強いかを、教える側のコーチが全体像として理解しておくべきだったという点です。

ノゲイラの言うとおり、ボブサップは「野生」こそが最強の武器だったわけです。ディフェンスはザルだったかも知れませんが、それ以上に野生の強さがあった。これがデカルトが言うところの

「細かく分解した後は還元(統合)して全体を理解しなさい」

ということなのです。

レゴで遊ぶ子供たち

たとえば、あなたのお子さんが非常に身体能力に優れたタイプの選手だったとします。その場合、細かい技術を考えると同時に、あなたのお子さんがどのような長所があってそれを全体としてどう活かすべきなのかを親として必死に考えて欲しいのです。

「ここのテニスクラブはオムニコートしかないから」とか「フォアが弱いから」とかではなく、それらを含めてお子さんを全体として理解するように努めてほしいのです。この視点がないと育成はまず100%失敗します。

テニスコーチをやっている人にも伝えたいのですが、たとえばプロネーションという動きがあると思いますが、プロネーションというのは「結果として起こる現象」であって、プロネーションを技術として生徒に教えるのは明らかな間違いです。

カルロヴィッチ選手のプロネーション
カルロヴィッチ選手のプロネーション

我々日本人は、学校教育によってゴリゴリの要素主義者として育てられてきたので、全体を理解することは非常に苦手ではありますが、でも、大切なジュニアを預かっている以上は、「還元(全体を全体として理解する)」を勉強して欲しいのです。

私のfacebook上で投稿した「リボーン」のコメント欄に「弓と禅」という本を紹介したことがありますが、還元主義という言葉は使っていませんが、還元主義を理解するために役に立つ本だと思いますので是非一度読んでみてほしいです。

増田健太郎プロの戦略と戦術

私のクラスメイトでもあった増田健太郎プロの現役時代の戦略にすこし触れてみることで、デカルトの要素還元主義をさらに理解できると思いますので、もうしばらく長文にお付き合い願いたいと思います。もちろんここで閉じていただいても構いません。

増田健太郎

増田健太郎プロは、基本的にほぼすべての球をオープンスタンスで構えてフラットボールを打ちます。「グリグリの実の能力者」だった最大のライバル山本育史プロとはボールの軌道が全然違います。

で、もし健太郎プロが育史プロのようにスピンボールを技術として習得するとどうなるかというと、まず間違いなくクソ弱い選手になると思います。
※反対に育史プロがフラットを覚えると育史プロは弱くなると思います。

「フラットもスピンも両方打てれば最高じゃん」

というのは浅はかな考えで、健太郎プロはフラットに固執したからこそ強かったのです。さらに具体的に踏み込んでいきます。

ディンクフラット

テニスを多少かじった人は「ディンクショット」をご存じだと思います。簡単に解説するとスライス回転をかけてネットに出てきた相手の足元にボールを沈ませ、相手の体勢を崩すことでその後の展開を有利に持っていくショットを「ディンクショット」と呼んでいます。

ただですね、これ、私のようなゴリゴリのネットプレイヤーからすると、実はそんなに対処には苦労しないんです。いやなことはいやなんですが、なんとか対策は立てられます。

ローボレーを打つ筆者(うそです)
パトリック・ラフター選手
「最後のサーブ&ボレーヤー」パトリック・ラフター選手のローボレー

なぜなら、ボールにスライス回転をかけた時点で、ボールの沈む場所と滞空時間が試合が進むつれて体で理解できるようになるからです。

ディンクショットとは逆に、ドライブ回転をかけて足元を狙われたとしても、慣れてくればネットに出る側からすると対策が立てられるので、実は言うほど苦労はしないものです。

ここで健太郎プロの「ディンクフラット」が登場します。私は一緒に練習していましたし、神奈川の大会で試合をしたこともあるので分かりますが、まったく対策が立てられないです。

増田健太郎プロのディンクフラット
増田健太郎

スライスやドライブのフォームというのは視覚や打球音で「あ、このへんに落ちるな」と分かるのですが、フラットだとどのタイミングでボールが沈んでくるのか、あるいは沈まずに強いパスがくるのかが判断できないのです。

健太郎プロは腕の動きの速度調整にくわえて、微妙な肩の開き具合によってボールのスピードをコントロールしていました。

スピン系のボールだと、ラケットが前後に動くので視認が可能なのですが、肩の微妙な開き具合とか、腕の速度というのは水平の動きでしかないので、ネットに出た側からすると何が起きているのか分からず、飛び込んで(踏み込んで)処理すべきなのか、それとも詰めずにローボレーすべきなのか一瞬迷ってしまうのです。

だからこそ対策が立てらないし、健太郎プロがいっけん強くなさそうなのにあれだけの実績をあげられた裏には、このような超絶的な技術に裏打ちされた「隠れた戦略」が存在していたわけなのです。

注意

ディンクフラットは技術的には最高難度なので、習得には超絶的な努力が必要です。

その「戦略の全体像」を理解せずに増田健太郎プロを教えていたコーチが「ドライブ覚えろ」と指導していたら、健太郎プロはフラットの技術が落ちてしまい並みの選手で終わっていたと思います。

健太郎プロの全てを理解し指導していた唯一のコーチ神谷勝則氏
神谷勝則コーチ
公式HP:SHOW Tennis Projekt

大事なのは「全体」です。全体の中で個々の技術が存在しているのであって、そこを無視した指導をすると全体が壊れて選手はつぶれてしまいます。

健太郎プロにこの技術を指摘したことが最近あったのですが、

「この技術を理解していたのは(鈴木)貴男だけだったのに、なんでお前が知っているんだ?」

と驚かれました。

要素還元主義に話を戻します。

健太郎プロは、フラットをつきつめたことによって、対処不能の技術を身に付け、あれだけの実績をあげていきました。実はまだまだ彼のテニスの戦略や技術に関する秘密はあるのですが、営業妨害になりそうなのでこのあたりにしておいて、そろそろ本投稿のまとめに入りたいと思います。

少し長いまとめ

木嶋佳苗死刑囚とW不倫の上結ばれた週刊新潮のイケメン記者や、小室圭さんと眞子様の結婚問題を遠くから全体像として見ているあなたは、自分自身の判断が正しいと思っていらっしゃると思います。

ただ、そのあなたの判断は本当に合ってますでしょうか?

我々は小室圭さんや眞子様のことを「要素」としては何一つ知りません。なんとなくニュースなどで情報は入ってくるものの、それはフィルタリングされた二次情報なのであてになりません。

フィルタリングされた二次情報

オルテガというスペインの哲学者が「大衆の反逆」という著書において大衆の愚かさを嘆き、アール・ナイチンゲールというアメリカの作家が「大衆は常に間違う」という名言を残しました。

今世間では、「小室圭はけしからんやつだ。眞子様は男を見る目がない。早く別れろ。」と皆が思っています。これを「大衆の意見」と言います。そして私やあなたが大衆の意見と同じように「小室圭はけいからん奴だ」と思っていたら、

「あれ?俺って大衆の一部ってこと?だとしたら俺の判断は間違ってる?」

と一度立ち止まってみてほしいのです。そして、デカルトが唱えたように、要素に分解し、バラバラにしたものを再構築(還元)し、それでも小室圭さんや眞子様のご判断がどうなのか述べるべきなのかなと。

裏に大きな政府の陰謀が別にあってスケープゴート(身代わり)になっているだけかも知れませんしね。

イチローの事例

ベンチプレス

引退したマリナーズのイチロー選手が現役時代に筋トレを全否定していたのはなぜか。イチロー選手は自分という野球選手を要素としてとらえるとともに、自分なりに還元(再構築)して全体像を正確に理解できていたから筋トレを否定したんだと思います。

とっつきにくい人柄で変わった性格をした天の邪鬼(あなのじゃく)だと言われてきたイチロー選手ですが、なぜ天の邪鬼に見られていたかというと、我々のような日本の学校教育(要素主義)にどっぷり津かってきた人間にとって、イチロー選手を全体として理解することができていなかったからだと反省させられます。

筋力をつければボールは飛ぶようになるし、足も速くなるように思うかも知れませんが、イチロー選手が常々言ってきたように、人それぞれの「本来のバランス」があるのに、筋トレするとそれが崩れてしまい弊害のほうが大きくなってしまうと私も思います。

ただし、だからといって「筋トレがダメ」というわけでもありません。実際に私も現役時代は必至に筋トレをしました。

問題は、どのタイミングで筋力をつけるかです。体のバランスというのは長い年月をかけて培われていくものなので、ある程度身体が出来た後で筋トレをすると、バランスが崩れてしまうのは自明の理です。

それゆえに私は知人から筋トレに関するアドバイスを求められたときには「筋トレは大きくなってからやってはだめです。体の成長にあわせて小さいときから少しづつ筋トレしてください」と言っています。

で、こういうアドバイスをすると「筋トレをやると身長が止まってしまうのでは?」と反論する人がいるのですが、そんな臨床データは世界中の医療データベースを探しても絶対に見つかりません。

バランスをとって崩れない石

また、技術的な質問をされたときには、その個々のショットが全体の戦略のどこに位置付けられているかを確認してから答えるようにしていますし、「ハードコートで練習しないとダメなんでしょうか?」と聞かれたら、「いえ、そこは本質ではないと思います。サーフェスだけで判断しようがありませんし。」と答えます。

ウィークエンドプレイヤーとして草トーナメントで勝ちたいと思っている方にも同じことが言えて、個々のショットよりも、1セットマッチという特性や、結局勝負はスマッシュで決まるという全体データなどを全体として理解し、それを日々の練習に落とし込めば飛躍的に強くなれると思います。

バードアイ(俯瞰)とは違います

「俯瞰(ふかん)して物事を見ろっていうことでしょ?そんなの分かっているよ。」

という感想をここで持ってしまった方は、残念ながら天国にいるデカルトから「アナタノクニデハソウイウヒトヲヒョウロンカトイウノデハアリマセンカ?」とため息をつかれていると思います。

ただ俯瞰するだけでは物事の本質は見えてきません。一度は必ず要素ごとに分解することが必要です。「その後に」再構築(還元)するのです。

この写真は何に見えますか?

レゴで出来たブガッティ

要素に分解せず、ただ俯瞰してそのまま見ると車(スーパーカー)に見えると思いますし、少し車に詳しい人なら「ブガッティじゃん!」というかも知れません。

でも、実はこれ、中身(要素)はレゴ(rego)です。

俯瞰したままだと車にしか見えませんが、要素に分解するとレゴであることが判明し、その後に還元(統合、あるいは再構築)すると、未だに車っぽくは見えるでしょうけど「車です」とは言えなくなりますし、人が乗って公道を運転することができないことも分かると思います。

小室圭さんと眞子様の件も、要素に分解した後で再構築すると、全然違った結論が出てくるかも知れませんし、我らがスポーツであるテニスでも全く同じです。

外から俯瞰して見ただけでは何も分かりませんが、要素に分解すると新たな一面が見え、ただし、要素のままだと全体を見失いますので、それを再構築(還元)することで、最初に見たときとは違った景色が見えてくるはずです。

約400年前にデカルトが唱えた「要素還元主義」を少しでも理解し、大事なお子さんや自分の教え子を育てていくと、何か面白いことが起きるんじゃないかと思って本投稿を書いてみた次第です。ご参考までに。

終わり